倉橋税理士事務所 倉橋敏文のオフィシャルブログ

ドイツ駐在時代1989年に感じたドイツ人の長所短所(2)2018.11.22

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ここで少しドイツ人の長所短所について感じるところを述べたいと思います。1989年8月渡独しました折り、右も左もわからず苦労していた頃ですが、Yさんのお宅で家族皆んな暖かいおもてなしを受けました。Yさんはメアブッシュの閑静な住宅街にお住まいで、乗馬の練習場にもなっているライン側の河原に連れて行って頂きました。デュッセルドルフ辺りのライン川は大阪の淀川以上に汚れていまして、「ドイツ人は表面上の美しさには神経質だが内面的な美しさに疎い。」というお言葉が印象に残りました。一方「西独は東独やポーランド等から一度に何千人もの亡命者を受け入れ援助金まで出している。自己主張しなければ相手にしてもらえないが、筋の通った主張は理解しようと努めるし、一度契約したことは必ず実行する。」とのお話をお伺いし感慨深いものがありました。それから、土曜日の夜9時頃でしたが、ノイスの松明祭りに連れて行って頂きました。中世の夜警団の祭りですが、町の男性が同じ黒いスーツを着て、松明を持った集団、大きな鶏や馬車の人形の松明(大きな人形の提燈)を引いて歩く集団、鼓笛隊やブラスバンドの多くの集団が軍隊式に整然と一糸乱れず行進していました。その威厳のある秩序正しい行進を見て、なるほどこれがドイツかと感心しましたが、その後観客の一人でしょうが、松明の代わりに酒ビンを掲げて同じように行進している人を見て吹き出しました。こういう行進を見たり、電車やバスのことを考えますと、ドイツと日本の大きな違いを感じます。渡独したばかりの頃、電車に乗って運転手に料金を払おうとしましたが、こちらの英語が通じず、運転手はもう降りろと手で合図し、これで3回もただ乗りしました。後でわかったのですが、電車やバスの乗降口に切符切りの機械が置いてあるだけで、運転手は客が切符を切ったかどうか全く見ていません。また、後ろの車両の乗降口から乗って切符を切らずに降りても誰も何も言いません。また、一枚の切符、回数券あるいは定期券で複数のバス・電車の乗継ぎができるのです。なかには、ただ乗りする人もいるそうですが、ほとんど来ない私服検札員にたまたま見つかったとき、40マルクの罰金を払えば済むのです。この様に自由に乗降できると、逆に良心の呵責を捨ててまでただ乗りできるものではありません。駐車違反等の罰金も低く、日本のように公が管理するより自分のことは自分で管理する発想が根付いています。また、オフィスでもアパートでも、ビルの入口、部屋の入口には、いつも鍵をかけて自己管理されていますが、馴れるまでは難儀しました。
このようにドイツ人は自己管理が徹底しています。最初は取付きにくいですが、ひとたび胸襟を開けば、家族同様のつきあいをしてくれます。シュツットガルトあたりでは隣近所のドイツ人がソースの貸し借りで飛んで来るそうです。他人へのお節介も相当なもので、私の下の子供がまだバギーに乗っていた頃、首を傾けて寝ていれば必ずどこかのドイツ人が首をまっすぐに直してくれました。マナーについては、徹底的に注意されます。サウナにたまたま小さめのバスタオルを持って行き見苦しいところを隠しておりますと、もっと大きなバスタオルを持ってきなさい、膝にかけるのではなくお尻の下に敷くのですよ、と注意してくれます。しかし、注意してくれた紳士の横で股をおおっぴらに入口に向けて仰向けに寝ている人がいます。すくっと上半身起きあがると大きなバストがブラブラッとしています。メガネをはずしているのでよく見えませんでしたが、さすがにびっくりしました。
お節介がある一方で、一定のマナーさえ守れば、仕事でも生活でも他人の考えや行動への干渉がなく、儀礼的な交際は殆どありません。交際と言えば、誕生日とか何年勤続とかの記念日は、回りがお祝いするのではなく、その人自身がケーキ等を買って回りの人に振る舞うのです。初夏のある日、新入社員のパーテイがあると言うので出かけると、ライン川のほとりでただ長椅子とテーブルがあるだけの所でビールを飲んでワイワイやっています。そして、その新入社員がビールやら屋台のソーセージやらを振る舞ってくれるのです。休暇を取ることが美徳とされ、自分の生活と仕事をはっきりと区別し、日中は忙しい忙しいと言いながら定時には帰宅します。かくて、残業しているのは日本人だけとなり、おまけに付き合いで午前様を過ぎてもインマーマン通りのカラオケ・バーやマージャン屋は盛況です。
ドイツ人で一番偉そうにしているのは百貨店やスーパーの店員等であり、紳士の人ほど優しく親切です。スーパーに注文後3カ月かけて作って頂いたありがたい家具を配達してもらった時も、家具を置いて欲しい部屋にベッドがあっただけで組み立てられないと怒って出て行きましたし、物を買うことは至難の技です。日本ではお客は神様ですが、ドイツでは物を作る人が神様であり、お客はそれを買わせて頂くのです。実際、物を作ることにかけては、中世のマイスタージンガーを思い出しますが、徹底的に凝っております。たとえば、ベンツやBMWしかり、空港のターミナルと飛行機の間を送迎するバスの乗降口にはエレベーターがついていますし、普通のトラックの後ろの荷物を積み降ろしする所にもエレベーターが付いています。ごみ収集車は、大きなごみボックスを自動的に持ち上げて中のごみを回収しますし、日本のように人がいちいちごみ袋を放り投げたり中の汁が出て臭いがするということはありません。これは、日本には、ごみボックスを置く土地さえないことに起因しているのかも知れません。住居はさらにたいへんなものです。すべてセントラルヒーティングが完備しており、冬は暖かく夏は涼しい構造になっています。窓にいたっては、完全密閉はできますし、複数の仕切がついた一つの窓でその仕切ごとに縦にも横にも開け広げできます。屋根裏部屋の窓に至っては、縦横に開け広げることはもちろん、横に滑りますし、真ん中で回転して反対側の面を容易に拭くことができます。また、ドアでも取っ手でも企画が統一されており、自分で家等の修理とか工事をやってしまうのです。文房具の例えばファイルも企画が統一されており、銀行や官公庁等からの書類にはこのファイルにぴったり合う穴が開いておりますので至極便利です。
作る人が神様であり、いい物を作ればお客はかってに買いに来るという発想ですから過激な売り込み競争は殆どありません。日本に比べて人が絡むサービス産業は0と言ってよいと思います。土曜日の2時以降及び日曜祭日は原則全ての店が閉まります。その土曜日の午前中に皆が買い物に殺到しますから「この国の人はあほかいな」と思いますが、彼らのマインドからすれば当然なのかも知れません。すなわち全ての人は平等に休む権利があるのです。金を出して人のサービスを買うぐらいなら、自分でやった方がましと考えているのです。ですから、家も庭の手入れも生活用具等の修理も全部自分でやってしまいます。しかし、日本の過剰かも知れないサービスに馴れた私には不便このうえなく、ストレスが頭にたまります。
本当に質実剛健と言いますか、伝統を守り新しいものに飛びつきません。日本の夜のネオン街の様なあるいは最近進歩の激しいレジャー産業の様なサービスも殆どありません。ドイツ人は早く帰宅して一体何をしているのか不思議なのですが、同僚からは寝ていると言う答が返ってきますがよくわかりません。
彼らの一番の趣味は、ウィンドウショッピングと散歩だそうです。
これからもサービス産業における日独の差は開く一方でしょうし、経済力でも日本の方が上かも知れません。しかし、個人の生活という点では、特に精神面において、ドイツの方が豊かだと感ぜられます。
こちらの教育制度では、中学時代から自分の一生の職業が決まります。仕事は分化され専門化され、隣の人が何をやっているかは知りませんが、自分の仕事にはプロ意識を持っています。ですから、掃除のおばちゃんから店員の人まで誇りを持って働いています。
専門家は中途半端な物は作らず、お客も私のように値引いて買おうとはせず、当然のごとく高い物を買います。ですから、品数は少なくても一人一人高い物を持っている結果、個人別にみるとドイツの方が裕福かも知れません。